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僕の撮る写真は、100年後のだれかへの贈り物

100年後、たむさんの写真を見た人は、
何を感じて、何を思うんだろう。

今は当たり前にある電気のスイッチも、
いつも使っているテレビのリモコンも、
100年後にはもう存在していないかもしれない。

秋になれば紅葉が色づき、
冬になれば雪が降る。

秋田では当たり前の景色。

今あるこの景色も、
いつか変わってしまうかもしれない。

「100年後の人が写真を見た時に、面白いと思ってくれたら。」

そんな未来を想像しながら、
たむさんは写真を撮っている。

ポートレートも、地元のお祭りも、
古い建物も、誰かが暮らしていた家も。

写真との出会い

たむさんの本業は、建築。
写真を始めたきっかけも、仕事だった。

モデルハウスをハウススタジオとして運営しており、
その場所をもっと知ってもらうために写真を撮り始めたという。
「とにかく、なんでもやるんです。」

最初からフォトグラファーになろうと思っていたわけではない。

必要なら、自分でやってみる。

そんなふうに始めた写真をきっかけに、
人とのつながりが増え、少しずつ撮影の依頼も入るようになった。

そして気づけば、
宣伝のために始めたはずの写真そのものが、面白くなっていった。

自分の画角を見つけて

中判フィルムカメラの「バケペン」で撮影していた時期もあったたむさん。

もともとフィルムの色が好きだったが、

撮ることの難しさを感じ、次第に使わなくなっていった。

そんな中、2024年頃から使い始めたのがFUJIFILM。

たむさんが好んでいるのは、4:5の比率。

撮影する時から4:5で画面を見る。


「自分の画角が見つかった感じがしたんです。」


自分が心地よいと思える画角を見つけたことで、

写真を撮ることが、以前よりも楽しくなった。

そして、撮る写真も少しずつ変わっていった。

スナップは、ポートレートの練習

「スナップは、ポートレートの練習なんです。」

花を撮る時も、人を撮るように。

どこから光が入っているのか。

どの角度から撮れば、
被写体が一番よく見えるのか。

そんなことを考えながらシャッターを切る。

ある日、釣りをしている人を撮ったたむさん。

「この場所を橋の上からポートレートで撮ったら、面白いかもしれない」

そして後日、実際に同じ場所でポートレート撮影。
スナップを撮りながら、光や場所、構図を探す。

たむさんにとってスナップは、
ポートレートにつながる大切な時間。

日常の中で見つけた視点が、
次の一枚へとつながっていく。

なくなるものを、なくなる前に

たむさんには、今でも忘れられない場所がある。

昔、地元にあった映画館。

その映画館の名前は、今でも覚えている。

けれど、どんな建物だったのか。
どんな景色だったのか。

記憶を辿ろうとしても、
うまく思い出すことができない。

ネットで探しても、写真は残っていなかった。

「消えてしまうものに、執着してしまうんです。」

そんなたむさんは、
引っ越しをする人の家を写真に残す撮影も行っている。

これから離れる、今まで暮らしてきた家。
そこに残すのは、
きれいに整えられた部屋ではない。

いつも使っているテレビのリモコン。
お気に入りのTシャツ。
電気のスイッチ。

そこに暮らす人が、
いつも見て、触れてきたもの。

引っ越してしまえば、
もう見ることのできない景色。

例えば、子どもが大人になった時。
自分が生まれた頃に住んでいた家を、

写真で振り返る日が来るかもしれない。

だからこそ、
生活の中にあるものを、ありのまま写真に。

「生きているつながりを、消さずに残す。」

なくなってしまう前に、
写真として残しておく。

100年後のだれかが、面白がってくれたら

たむさんは、古い建物が好きだ。

長い時間をかけて残ってきた建物。
丁寧に作られた柱。
そこに触れるだけで、ドキドキする。

昔のものを見ながら、
「これは、どんな人が使っていたんだろう。」

そんなことを想像する時間も好きなたむさん。

自分が昔のものを見て、その時代を想像するように。

自分の写真もいつか、
誰かがそんなふうに見てくれたら。

祭りで着る、色鮮やかな法被。
雪の中ではしゃぐ人の姿。
街に残る古い建物。

今の私たちにとっては、見慣れた景色。

「100年後の人が見ても、かわいいって思ってくれるかもしれない。」

「こんな時代があったんだって、面白がってくれたらいいなって。」

今あるものは、いつか「昔のもの」になる。

その時代を生きている今だからこそ、
残せる瞬間がある。

写真は、作品ではなく贈り物

たむさんは、写真を撮るうえで「やらないこと」を決めている。

美しいものを目指さない。

きれいに見えるものや、
誰もが美しいと思うものを探して撮るのではない。

そこにある時間を、そのまま受け取る。

地元で、他の地域の真似をしない。

「秋田で東京の写真は撮らない。」

東京にあるような景色を秋田で再現するのではなく、
秋田にあるものを、秋田で撮る。

自分が暮らす場所にしかないものを。

そして、
「写真で表現しようとしない。」
その言葉が、少し意外だった。

話を聞く中で、たむさんがこんなことを言った。
「存在してくれて、ありがとうって思ってるんです。」

人も、景色も、建物も。

たむさんが写真に残してきたものを思い返すと、
その言葉が、どこか腑に落ちた。

インタビューを終えたあと、
たむさんから一通のメッセージが届いた。

「大事なこと話すの忘れてました!!」


そこに書かれていたのは、
たむさん自身が写真について気づいたことだった。

「ぼくの写真は作品じゃなくて、贈り物でした!
写ってる人や、これから先に見てくれた人。
あと、自分への贈り物です。」

たむさんらしい言葉。

ここまで聞いてきた話が、
ひとつにつながった気がした。

インタビューの中で、特に印象に残ったのは、
「100年後に見た人たちが、どう見るかを想像して撮るのが好き」
という言葉だった。

写真を撮る時、私は目の前にあるものをみる。

100年後に写真を見る人のことまで想像したことはなかった。

たむさんの写真にどこか懐かしさを感じたのは、
色だけが理由ではなかったのかもしれない。

そこには、いつか懐かしくなる「今」が写っている。

100年後。

たむさんの写真と出会ったあなたへ。
過去からの贈り物が届く。

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この記事を書いた人
Kaori Mitani
iedemo graphy Founder

高校卒業後、独学でグラフィックデザインを学び、デザイン制作を中心とした個人事業としてゼロから起業。その傍ら、8歳の頃から親しんできた写真の世界に改めて魅了され、本格的に向き合うようになる。現在は「想いを写す」フィルム写真家として活動中。

写真・カメラにまつわる取材・インタビュー、記事制作のご依頼も承っています。